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先日【鬼丸昌也と行く、いい会社訪問勉強会】にて、
かんてんぱぱ、伊那食品工業様に見学に行ってきました!

(補足)
伊那食品工業様は、
「いい会社をつくりましょう」を社是として掲げ、
創業以来増収増益を達成している会社です。
毎年着実に成長する経営に関心を抱く経営者は多く、
トヨタなど日本を代表する会社も塚越会長の「年輪経営」学んでいます。

伊那食品工業様での勉強会開催は2回目。
前回学びきれなかったことが、新たに学びとしてたくさんあり、
今回すっごく腑に落ちたことがありましたので
ちょっとシェアをしたいな、と思います。
よろしければお付き合いください(^^)

今回学びを深めたいな、と思っていたことは、
それぞれの個がある中で、チームの力をいかに最大限に発揮をするか、ということ。

 

能力や動機ややる気がまちまちの中で
(それが悪いことではなく「個である」という点で)
どうやってチームとしてまとまり、ひとつの方向へ向かっていくために、
いかにそれぞれの特性を活かしていけるのだろう?

そのために、私(リーダーシップを発揮していく人)に必要なことは何か?

そんな意図を持ってスタートしました。

 

東京駅に集合し、みんなでバスに乗って移動中、
まずは、鬼丸さんの解説と塚越会長の講演の音声を聞きながら学びが始まりました。

File 2016-03-18 19 26 20( ↑ バスで解説する鬼丸さん)

そして、塚越会長の講演音声の中でさっそく答えが見つかったのです。

 

—————————-
(学び)
★なぜ会社(チーム)をよりよくするか?
それは「一人ひとりの人生をよりよくするため」

★伊那食品工業は100年カレンダーで教育をする
(21世紀が1枚におさまっているカレンダーを前に、こう言われるそうです。
「ここのいる全員、このカレンダーの中に命日がある。
それがいつかは分からない。けれど、確実に命日がある。
命は有限だということ。としたときに、
食べるために働くのは、この有限である人生の半分を切り捨てることになる。
伊那食品工業では、働くということは、生きるということである。」)

★会社(チーム)の成長=社員(メンバー)ひとりひとりの人間的成長の総和
—————————-
(言葉自体は、私の解釈が入っています。)

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( ↑ 100年カレンダー)

会長の言葉を聞いて、
私の視野、時間軸がめちゃくちゃ短くて、
目先のことに囚われていたことに気づきました。

 

そもそも、チームの力を最大限に発揮をする、
というところが、目先のことに着目しているということ。

どうなったらチームの力が最大限に発揮できたのか?
なんのために、チームを組んでいるのか?

目標を達成したり、目的を達したり、数字があったり・・・
いやいや、そんなことじゃなくて、
ながーーーい目(100年とか)で見たら、

「一人ひとりが、一人ひとりの価値観で、しあわせに生きるため」
なのでは・・・?

 

例えば売上のような目先の目標にとらわれ過ぎると、
それを改善しようと試みることは、
本当の目的「一人ひとりが、一人ひとりの価値観で、しあわせに生きるため」を見失ってしまう、
もしくは、方法が間違ってしまうことがある。

 

そう気づいた時点で、私が「問題」だと定義されていることが
本当に問題か?ということに気づきました。
(つまり、結果、些細なことであって、「問題ではない」と気付きました)

と同時に、疑問に思うことも生まれました。
それは、塚越会長の「忘己利他」という言葉。

 

もちろん、自分の利益を脇に置き、
他人のためになることが大切であること、
人の役に立つことが大切であること、
人から感謝される存在であること(人に感謝を求めるわけでなく)
がとても大切であることは、

頭では知っている。

 

でも、下手をすると、私の場合
自分を犠牲にして、相手のためだと思って行動をして、
結果、自分がすり減る、ということが起きる。
(もちろん、わがままに、自分勝手に行動していることも多々、ですが!)

がんばってがんばって、
結果、おこがましいことに
「分かってくれない」という思いが正直生まれたりする。

 

でも、自己犠牲って、利他ともちょっと違うかんじはする・・・
これはどう解釈したらいいのだろう?

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その疑問を解決する前に、
塚越副社長から、新たに以下を学ぶのです。

—————————-
(学び)
★毎朝の掃除は自分のため
(伊那食品工業様では、広大な敷地の庭を、毎日社員様が掃除されています。
掃除の出勤は自由参加なんです。でも、みんなすすんで参加されるとのこと)
★ラジオ体操も、朝礼の3分スピーチも自分のため
(社員様、社歴に関わらず、朝礼で3分スピーチをされるとのこと
・・なぜなら、結婚式でスピーチを頼まれたりだとか、そのような機会はいくらでもある。
そのときに、朝礼で慣れておけば、堂々とスピーチできるでしょう、ということ。)
—————————-

「自分のため」だからこそ取り組めるし、
積極性が出るものだ、とおっしゃいます。

 

すると思うわけです、
「自分のため」「人のため」

私にとっては、このふたつの相反することを
どう解釈したらいいのだろう?

 

そしてついに、
塚越副社長へ、その疑問をぶつけてみました。

「掃除や朝礼は自分のため。
だからこそ、自分から気づくし、動くということが分かりました。

一方で、会長が”忘己利他”とおっしゃっていた。
他人のため、と行動をしていると、
ちょっとずれると、やってあげている、という感覚になる。

それはどのように考えればいいのでしょうか?」

 

そんな疑問への、塚越副社長の答えが、
私にとって、ガガーン!と衝撃的だったのです。

 

要約すると・・・・

——————–
会長が”忘己利他”を言い出したのは、
この5年ほどのこと。

正直、あの年齢に達するからこそ、
言えることがあるのではないだろうか。

そして、伊那食品工業では
「ファンづくり」という言葉は使うけれど
「顧客満足」という言葉は使わない。

ファンづくりとは、自分を好きになってもらうこと。
それは、お客様のためにではなく、自分のため。
自分のため、自分を好きになってもらうところにたどり着くまでに、
結果として、相手のためになっている、
相手がして欲しいと思っていることをしている、
ということになる。
——————–

これまでは「自分のため」というと
エゴのような、自分だけが幸せになるようなかんじであったり、
自分だけが喜んでいるような感覚がありました。

 

「人の幸せが自分の幸せ」とか、
「◎◎さんのために!」
・・・って、嘘くさいというか、
それってどうなの?と思うところが正直あったんです。

でも、相手がしあわせ、自分がしんどい、では
やっぱり、ファンにはなってもらえないでしょうし、

ファンになってもらうためには、
私自身がイキイキとしていたり、笑顔でいたりとか、
楽しそうにしているから、好きになる、ということだと思うんです。

 

つまりそれって、私がしあわせを感じていないと、
表面に出てこない。。。。

ということは、私のため、自分のためが満たされていないと
実現しないと思うんです。

 

自分のため、という輪を、
人のため、という輪が
重なりあったところ=ファンづくり

 

0318

 

 

 

 

 

 

ということか・・・・!

ガガーーーン!!と衝撃的な気付きでした!

人のためになっても、
自分が不幸せを感じるところだと、
それは無理にやらなくていいんだろうと思ったわけです。
(お仕事の業務では別だという側面があるでしょうが)

やはり、自分の言葉で質問をして、
自分の疑問に直接答えていただくと、
衝撃が大きいです・・・!(嬉)

 

ということで、今回の学び。

—————-
・常に100年単位で考えるといったような
時間軸の長さ、視座の高さをもつことの大切さ。
(悩んでいるときは、結局、目先のことに囚われている)

・自分にとっての「しあわせ」を追求するのだから、
メンバーそれぞれの「しあわせ」に耳を傾ける必要あり!!
(コントロールしようとしすぎていました。反省)
—————-

伊那食品工業様での学びのシェアは以上です!
(本当はもっといっぱい学びましたが)

もしリクエストをいただけたら
解説したいと思います!

 

鬼丸昌也リーダーシップ・プロジェクト
森本菜都美

 

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( ↑ こんな機械も社員様が扱って、草木や広大な敷地の清掃をするそうです!)